幼少期に両親が離婚し再婚したら子供はひねくれる。経験談(学生編)

今回の記事では、僕が経験した「幼少期に両親が離婚、そして再婚」について紹介していきます。

「幼少期に両親が離婚して再婚たらこうなってしまう」という僕の経験談を聞いて、今後あなたが子供の親となる時、親として子供を支えている今現在の参考にしてもらえると幸いです。

それでは聞いてください。

「幼少期に両親が離婚したら僕はこうなった」♪

 

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幼少期に両親が離婚し再婚したら僕はこうなった

1

それは幼少期の頃だったらしい。

その頃の記憶は一切残ってはいないのだけれど、僕の両親は離婚をしていました。

 

僕と兄は父親に引き取られ、母親は別の男のもとにへと行ってしまう。

別に離婚の原因は「浮気」ではない。

強いて言うとすれば、「離婚」が原因で母親が別の男と出会うこととなる。

そして、二人は結婚。おめでとう。

母親とは今でも会うこともあるし親しい。この頃も父親は母親とも仲が悪いということもなく会うことを了承していました。

 

両親が離婚してしばらく経ち、僕が小学校に入学したころ父親は再婚する。

 

ここからだろう。そうここから。

ここから僕の人生は大きく変化することになります。

子供の性格に大きく影響する原因は「離婚」ではなく「再婚」なのだと僕はこの頃、思いもしなかった。

 

僕の新しい母親となった女(以降アバズレカス)は父親とは20くらい離れていた。

その頃、父親は貯金額が相当あったため今となれば、どうしてアバズレカスが父親に接近したのかは理解できるが、この頃の僕は何も考えることは出来なかった。

 

相当な歳の差結婚で考えられる理由としては、間違いなく「お金、財産」です。

9割ぐらいの歳の差結婚経験者は、心のなかではこう思っているはずです。

つまりアバズレカスは父親の財産が目的だったのです。

はい。お察しの通り、根こそぎ持って行かれました。

 

最初の頃は、いい顔して優しく接してくるもんだから、ついつい甘えていた時もあったけれど、

真実(お金目的)を知った時、僕はアバズレカスに絶望した。

 

ここからは少し、分岐点となった僕の一つの物語をお話します。

僕は小学生の頃、自分から人と接していくタイプではなかったので友達が出来ずにいた。

先生もめちゃくちゃ怒るタイプの人で、しばらくして僕は学校に行かなくなった。

 

不登校1日目放課後(金曜日):先生が自宅にやってくる。

「何故学校にこないの?」と問われると

「友達ができないから(先生が恐いから、日曜日の文化祭で展示する宿題の絵日記が終わらないから、先生に怒られるから)」と答えた事は、今でも鮮明に覚えています。

 

不登校2日目:は訪れなかった。

月曜日は、いやそこから2週間程度、僕は不登校とは別の理由で学校を休むこととなりました。

悲劇が起きたのは、違う。僕が悲劇を起こしたのは土曜日だった。

 

別に小学1年生にして人生に絶望したわけではない。

確かにアバズレカスはうざくなるし、先生が恐いし、宿題も終わらない。

だけど、そんなちっぽけな理由で僕は悲劇を起こしてしまう。

それは無意識にやったのか、潜在的にしてしまいたいと思ったのかは今でも分からない。

 

けれど僕は家の中をマッチで遊んでいた…

 

2

僕はその悲劇で親指を火傷してしまう。

けれど火傷したのは僕だけではなく、家も火傷させてしまった。

一瞬だった。一瞬で燃え広がった。

 

恐怖でゾッとし、頭は真っ白になり、何も考えられなかった。気がする。

もう新しく建て替えましたが。

 

とここまでは序章に過ぎないのでさっと読み流す感じで大丈夫です。

 

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ここからは僕の性格がひんまがったエピソードをお話しましょう。

 

それは小学生6年生の頃。

アバズレカスとはほとんど口を聞かないのだが、何故か髪だけは切ってくれる。

それにはずっと感謝していたのだが(たぶん)、この日の散髪はひどいものだった。

僕の髪の毛は日本男子とは思えないほどキューティクルで、触り心地は極上。

それが仇となった今回の散髪。

鏡を見た時は戦慄したのを覚えている。

目の前に、「ちびまる子ちゃん」が映っていたのだから。

そうおかっぱ。ついたアダ名はマッシュルーム。

 

3

 

小学校高学年ともなれば、自分の髪型にもちょっと意識が向く年ごろなのだが、それを一瞬にして破壊された。

個人的な感想としては、坊主と匹敵するほどかそれ以上に最悪な髪型。

 

怒った。ものすごく怒った。そして泣いた。叫んだ。

声にならない叫びとなって、こみ上げる。

この気持ちはなんだろう…?

 

その日から、僕の性格は著しく変化した。

周りからの目線。アバズレカスへの怒り。

あだ名がマッシュルーム。アバズレカスへの怒り

今でこそ友達とも笑い話にできる「おかっぱ」という髪型だが、当時の僕は本当に苦しかった。

 

その髪型のまま中学校入学。

何故、この髪型を中学校入学まで貫いていたのかはわからない(たぶん髪の毛の長い俺かっこいいみたいなことを思ってた)

 

そして見かねた父親は僕を美容院に連れて行ってくれた。

その時に若干流行っていた「ウルフヘア」なるものに挑戦してみた。

そしたらクラスメイトからも、上級生からも大反響を呼んだ。

兄とは2つ歳を離れているのだがその兄の学年の女子の間では「兄の弟、めっちゃ可愛い!」と噂され、チヤホヤされるようになる。

 

同級生からは卒業までに2回、告白された。

だが家庭事情がめんどくさい僕と付き合うのは大変だと思い、僕は告白を断った。

ついでに性格がひん曲がったせいか「恋するなんてかっこわりーぜー」みたいな事を考えていた時期でもあった。

今では後悔している。あの子可愛かった。

 

そして高校3年生夏。

父親は病気で他界してしまう。

唯一無二な存在を失ってしまった時の、絶望感は想像を絶していた。

葬儀の時、父親のために泣いてくれる人が大勢いたところを見て、僕は大きな大きな涙を流していた。

だが、葬儀にアバズレカスの姿は無かった…

というか、中学卒業した頃からアバズレカスの姿を見なくなった。

 

今の僕は、兄と二人で僕が焼いてしまい父親が新しく建てた家で二人で暮らしている。

父親が築いたこの家を守るべく、僕達二人は今日も働いている。

 

最後に、、、

会社の入社日、僕は恋をする…

 

今回の僕の「両親の離婚、そして再婚」の経験談を要約すると、

アバズレカスはお金目的。

それを知った僕、マッチで遊ぶ

おかっぱになってひねくれる

イメチェンしてモテても、なおひねくれてる

恋をする

 

今回の記事で皆さんが得るべき教訓は

「散髪の経験のない他人に髪を切らせない」

です。確実に失敗して、狂気に走ります。

離婚も再婚も関係ない教訓(笑)

 

ただ僕はひとつだけ、アバズレカスに感謝しています。

子供の頃に髪型の大切さを教えてくれたこと。

美容院に言ったらまず最初に「オカッパに近い髪型にはしないでください」と言えるようになったこと。

僕の髪は、横がふっくらしやすいため「おかっぱ」になりやすいこと。

 

このトラウマが今の僕の支えとなっているのです、、、

この経験談を一つの参考として(役に立たない)、

子供の親となっている方、これから子供の親になる方は、子供に誤った環境を与えないようにしてあげてくださいね。

 

最後までご覧頂きありがとうございました!

両親の離婚経験のある方でも無い方でもコメントお待ちしています!

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