糸井嘉男の2017年の年俸はいくら?家族や嫁、伝説について!

糸井嘉男選手は言動こそぶっ飛んでいることもありますが、その成績や年俸の方もさらにぶっとんでいます。

糸井嘉男選手はFA権を行使する可能性も高く移籍濃厚とされ今現在最も注目されている選手です。

 

今回の記事では、糸井嘉男選手の2017年の年俸についてご紹介していこうと思います。

更に、家族構成や嫁、糸井嘉男選手の伝説についてもご紹介していこうと思いますので、最後までゆっくりとご覧になって下さいね!

 

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糸井嘉男選手は2017年の年俸はいくら?

糸井嘉男選手は2016年でも活躍を見せ、2017年にはFA権を行使する可能性も高いことで、注目を集めています。

他の球団も糸井嘉男選手に興味を示していることもあり、2017年の年俸は高騰することが予想されます。

2017年の年俸をご紹介する前に、今までの糸井嘉男選手の年俸をご紹介していこうと思います。

 

2004年:1500万円

2005年:1300万円

2006年:1050万円

2007年:1000万円

2008年:1030万円

2009年:1800万円

2010年:6000万円

2011年:1億円

2012年:1億9000万円

2013年:2億円

2014年:2億5000万円

2016年:2億8000万円

 

最初の頃の5~6年位はなかなか成績も伸びずに年収も上がったり下がったりが続いていましたが、2010年を転機として年俸を大幅に上げてきました。

そして更に2017年に年俸を上昇させました。

 

糸井嘉男選手の2017年の年俸は4億5000万円!

 

やはり、FA権を行使する可能性があったからこそ、糸井嘉男選手の年俸は大幅にアップしましたね。

追記:阪神に移籍することが決定しました!!

 

糸井嘉男選手は35歳にして盗塁数が53回と、盗塁王を獲得しました。

これは日本プロ野球最年長記録だそうです。

歳を重ねる事に盗塁数を伸ばしているのもまたすごいことですね。

 

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糸井嘉男選手の嫁などの家族構成

糸井嘉男選手は2005年10月頃に一般女性と結婚されました。

一般の女性なので情報は限りなく少ないのですが、その嫁は神奈川県横浜市出身で佐藤恵美さんという方以外公表されていません。

子供が二人いるそうですが、それ以上の情報は何一つ公表されていません。

ファンの中でも糸井嘉男選手が結婚していることを把握していな人もいるそうですよ(笑)

 

糸井嘉男選手と嫁とのエピソードとして1つだけ公開されていたのがあるので紹介します。

ある日、糸井嘉男選手はチームの人に『中田を元気づける会』と称した飲み会に誘われました。

そういうことならとその場に出向いた糸井嘉男選手だったのですが、実はその会は合コンだったのです。

合コンだと分かっても、すぐにその場を離れてしまうのはそこにいた女性にも悪いですし、誘ってくれた男性陣の顔も立たなくなってしまうということもあり、糸井嘉男選手はそのまま合コンを続けました。

黙ってればバレないと思っていたのでしょうか?その辺は分からないのですが、情報というものはどこかしらで漏れてしまうこともあり、糸井嘉男選手がその合コンに赴いたという事を嫁にバレてしまいました。

その日からしばらく糸井嘉男選手は嫁に口を利いてもらえなかったとか。

 

何が悪いって、やっぱり合コンだったのを黙っていたチームメイトですよね。

それと合コンに行ったことを黙っていた糸井嘉男選手も多少は悪いでしょう!

 

糸井嘉男選手の嫁も公表されていませんし、子供についても何一つ好評はされていません。

性別や出生、名前などは非公開みたいですね。

 

気になるところですが、糸井嘉男選手が公表しないのなら、今後もされないのでしょうね。

 

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糸井嘉男選手の伝説!

糸井嘉男選手といえば、天然キャラが最近では有名となってきていますが、その天然っぷりで数多くの伝説を残してきています。

今回は糸井嘉男選手の数々の伝説をご紹介していきます。

 

伝説1:投球練習で投げる球種を間違える

ピッチャー時代、投球練習でカーブ投げるといってたのにロージン触ったりしてるうちに忘れて豪速球を投げる。そしてキャッチャーに怒られる。

引用:http://965-15anun8.jugem.jp/?eid=19

一瞬一瞬が全力だからこそ、何か動作を挟んだ途端に何を投げるのかを忘れてしまったんでしょうね。

緩いカーブが来ると思って待ってたら豪速球が来たら、そりゃ怒りますよ。

それに、糸井嘉男選手の豪速球は150kmぐらいなので、ホント笑えない(笑)

 

伝説2:インタビューでの一言

代打で出てきて三球三振、「何の球種を待っていたのか?」と報道陣に聞かれ「ストライクです」と真顔で答える。周囲は絶句。

引用:http://965-15anun8.jugem.jp/?eid=19

よく聞けば、当たり前のことを言っているだけなのですが、糸井嘉男選手は素でこれを言ったようです。

いやいや、聞いているのはそういうことじゃないんですよ!

 

伝説3:何も考えない

「何も考えないようにしてバットを振れ」とアドバイスされるが、「何も考えないってなんだっけ?」と考えてる間に三振。

引用:野球選手情報局ブログ

考えないようにすることが、逆に考え続ける結果となり、何もせずに三振してしまうという天然っぷり。

これはもう天然というかただのバカのように思います。

バカと言っても、いい意味でのバカですけどね(笑)

バカと天才は紙一重というけれど、糸井嘉男選手はどちらも持っているので紙一重とはまた違いますね。

 

伝説4:入団5年目にして『右中間』を知らない

練習中、チームスタッフに「うちゅうかんってなんですか?」と尋ねる。
この時糸井選手はプロ入り5年目。(どうやら「うちゅう」を「宇宙」だと思ってたようである)

引用:野球選手情報局ブログ

野球ド素人ならば『右中間』を知らなくても全然問題ないのですが、入団5年目にして知らないとは凄まじいですね。

まあ最初は投手として入団していたので、知識がないことも否めないかもしれませんね!

 

伝説5:やはり知識を求める

2009年七夕イベントの短冊に書いた言葉は「頭がもっとよくなりますように」だった。

引用:野球選手情報局ブログ

『右中間』を知らないことを根に持っていたのかは分からないのですが、知識を求め始めました。

 

伝説6:帰る

中3のとき、大事な試合へ向かう前の学校での練習中、座り込んでいた糸井に監督が、『帰れ!』と怒ったんです。

すると、糸井は本当に帰っちゃったんですよ。彼の家は学校の真ん前。大会に行く僕たちが乗るバスに向かって、2階の自分の部屋から『頑張れよ~』と手を振っていました

引用:http://matome.naver.jp

学校に通っていれば自分が、もしくは誰かが先生に『帰れ』と言われたりそれを見たことはあるでしょう。

でもそれを真に受けて本当に帰るって人はあまりいないですよね。

糸井嘉男選手はそんな彼らとは別種で本当に帰ってしまう人種だったみたいです。

帰ったのに大会に行く人達に「頑張れよ」と当たり前のように言えるのもまた肝が座っていますね。

 

伝説7:サインが分からない

学生時代、糸井選手にバントのサインを出す際は、他の選手と違い、監督が堂々と「バントのポーズ」をする。

相手にバレないようにするよりも、糸井選手本人に理解させることが先決だから。
しかも、それでバントをすると悠々セーフになるという、糸井選手の伝説的な身体能力の高さ。

引用:http://matome.naver.jp

知識がないどころか、サインすらも覚えられないというのも凄まじいですね。

サインって相手チームにバレないために行うものですよね(笑)

バレてもそれを補えるほどの身体能力があるって糸井嘉男選手は本当に超人ですね!

 

それでは最後までご覧いただきありがとうございました!

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